映画「吉祥寺の朝日奈くん」評

 まず、まだこの作品を観てない人にいえるのは「原作を読まずに観に行って!」ということ、これに尽きます。先に内容を把握していないほうが得すると思います。それぐらい僕にとっては「やられたぁ」と思えたし、同時に「よくできてるなぁ!」という作品でした。
 この映画の評価を簡単にいうと、タブーじゃないのに自然とタブーになってしまったことに足を踏み込んだ、とても勇気のある作品だと思います。
 どういうことかというと、今作のほとんどは主人公である朝日奈くんの視点で描かれています。このような主人公視点の映画のほとんどは、観ている側にも主人公と同じ立場になってもらうために、主人公の情報のほとんどは開示されているもの多いんです。
たとえば今作でも、朝日奈くんは役者の道をあきらめ、今後の将来に悩んでいる。そんななか、人妻である真野という女性を気にかけているという情報は観ている側にもわかるんです。
この時点で、観ている側は「なるほど、主人公が人妻に恋をしてしまって、その善悪に迷うおはなしなんだな。」と思うし、そんな彼を応援する立場に自然となっているわけです。
 ところがこの作品、実は主人公視点の映画としては、あり得ない展開があって、これが先述した、タブーじゃないのに自然とタブーになってしまったこと、なんですけれど。
主人公には同じ立場になってあげてる私たちにも隠していた本当の顔があるんです。これが判明したときの驚きは今までなかったですよね。「どうして朝日奈くん・・・」っていう応援していたのに裏切られた気分になるんです。で、この裏切られた気分というのは、そのとき真野が味わっている気分なんです。主人公視点の映画と思ったら、突然真野の視点に切り替えられるんです。この感覚が、今までの映画になかった不思議な感覚でしたよね。あのミステリー小説を読んでいて、主人公の探偵が事件を追いかける話かなと思ったら、実はその探偵こそ犯人で、我々は彼の証拠隠ぺいに付き合わされていた。みたいな感覚ですよ。そんな小説読んだことないですけれど。
 そのあと、徐々にあのときのあの行動とか、あのとき出てきたあの人たちとかも、全部計画だった。しかも、その人たちも実はだまされていたんだぁ!キャアアアア!みたいな。でも、このままだと朝日奈くんが最低な詐欺師みたいですけれど実は違って、彼も物語中で悩んでるんですね。特に、ある演劇を観に行って、そのセリフと自分の行動が重なったときの葛藤が、実は人妻との恋愛に罪悪感を抱いているのではなく、それ以前の人としての善悪に悩んでいたんだってことがあとでわかるんですよ。だから本当の顔がわかる直前の行動も真野を守ることへシフトするわけですよね。その気持ちの変化を徐々にあらわす見事な演出だと思います。
 キャスティングも絶妙ですよね。朝日奈くんを演じた桐山漣さんも、哲雄先輩を演じた要潤さんも、あとコーヒーの店主の村杉蝉之介さんとかもね。一人ひとりに言及していんですけれど、やっぱり真野さんの星野真里はよかったですねぇ〜。話せば明るい癒し系、でもちょっと影がある、なにより庶民的。星野真里以外考えられないですよね。木村多江だと明るくなさそうだし、ともさかりえだと影はなさそうだし、井上和香だと庶民さがない。まさに彼女に適役って感じですよね。で、この真野さんが朝日奈くんに放つセリフ一つひとつがたまらないんですよね。「お酒強いんだ。つまんないの。」とかね。なにより、最後に朝日奈くんとふたりで川沿いを歩くところでの一言が別のことを意味しているようで、感慨深かったですね。
 ただ、「残念!」というより「惜しい!」という部分があったのも事実です。特筆すべきは、哲雄先輩がある人物と賭けをするんですけれど、その賭けの内容と、それを知った朝日奈くんがとった行動というのを、すぐに出しちゃったのは、もったいなかったですね。あれは、朝日奈くんが真野さんに真実を告白するときに同時に僕たちに出してくれれば、さらに驚いたと思います。しかも、この時点では哲雄先輩の素性というのもわかっていないし、物語中に何度も“ある行為をするために必要なこと”をチラつかせてしまっているので、この時点で哲雄先輩のポジションを予想できてしまう人も多かったと思います。僕もそのひとりです。まぁ、あそこまで展開があるとは思わなかったのですが。あと、説明を全部セリフにしてしまっているのも微妙でしたね。あそこは回想シーンを流すだけでもよかったのではないでしょうか。実際はもちろん、朝日奈くんが喋ってることにしてね。あと映画本編じゃないんですけれど、せっかく吉祥寺という限られたスペースで映画撮影してるんだから、パンフレットにロケ地マップみたいなの付けてほしかったです。ちなみにバウスシアターにはロケ地マップ貼ってありました。
 後半、苦言でしたけれど、「こうすればもっと良い」という意味であって、このままでも充分だと思います。そして良い意味で裏切られた作品であったことは事実です。もちろん、星野真里演じる真野さんにも大変癒されましたし、主人公と同じ25歳という状況でこの映画を観れたことは凄い幸せだったと思います。繰り返しますが、もし観る気があるのなら「原作は絶対に読まないで!」ということですね。あと、吉祥寺をちょっと散歩してみてから観るというのも手だと思います。
「おもしれぇ!」とまではいかないけれど「よくできるなぁ!」と思える作品でした。
もちろんオススメします!