映画「ヒミズ」評


【映画紹介】
古谷実による漫画を実写映画化。ごく平凡な生活を願う中学生・住田祐一は、震災で家を失くした者たちと実家の貸ボートを手伝いながら平凡な日常を送っていた。住田のクラスメイト茶沢景子も親の愛情をまともに受けずに成長、愛のある生活にあこがれながらも独特な雰囲気をもつ住田に恋い焦がれ、距離を縮めようとする。父のDV、母の駆け落ち、そして大量の借金と天涯孤独の身となりつつあった住田は、ある日、事件を起こしてしまう。その日から彼はオマケ人生という名の活動をはじめる。監督・脚本は昨年「冷たい熱帯魚」「恋の罪」で話題を集めた園子温。主演は園子温映画初出演となる、染谷将太二階堂ふみ。撮影前に起きた東日本大震災を受け、大幅に脚本が変更された。主演の染谷と二階堂の2人は、この作品でヴェネチア国際映画祭の最優秀新人賞をWで受賞した。
【予告動画】

ある大好きなアーティストのオールタイムベストのアルバムを買った。ベストアルバムという理由ではない。ベストアルバムのために入れた新曲が入っているからだ。ある意味、新曲を聴きたいがために買ったようなものだ。もちろん、ベストアルバムに入っている曲たちはどれも、そのアーティストの代表曲というものばかりで、代表曲ばかりが集まってしまうと1曲1曲が抜きんでて目立つことなく、コンパクトな存在になってしまっているのだけれど、どれも存在感があって良かったのだ。でもそのベストアルバムで抜きんでて光っていたのは、これまでの代表曲でもない、新曲だったのだ。僕にとってのこの作品を例えるのならば、こんな感じでしょうか?アーティストとは園子温。ベストアルバムに入っている曲たちは、これまで彼の監督作品に出演してきたもののこと、吹越満神楽坂恵、渡辺哲、黒沢あすか西島隆弘吉高由里子、そしてでんでん。抜きんでた新曲というのは、主演の2名、染谷将太二階堂ふみである。

まず、今回の園監督作品はこれまでの作品とは違いR指定がない(PG12作品扱い)であることから、目を覆いたくなるような残虐な描写もなければ、性的な画もないのですが、逆にいえば園監督がR指定になるような画に頼ることなく挑んだ作品といえるでしょう。彼の最近の作品3本「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「恋の罪」の3本から本格的に園作品に触れた人からすれば物足りなさを感じるかもしれませんが、僕はたいへん面白かったと思っています。

やはり2人の主演俳優には触れておきたい。まずは染谷将太さん、昨年、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」「東京公園」「アントキノイノチ」と彼が出演している映画を3本観たのですが。作品全体の印象は別として、少しトロンとした目とローテンションかつ無表情なたたずまい、なんとも怪しく存在感があったのを覚えています。そして今回彼が演じた住田は彼の持ち味が開花した役柄でしたね。「普通に生きる」ことを夢に持っており、スケールの大きなことを語る担任教師を冷たくあしらう序盤で、この人物を好きになれるかな?共感できるかな?と思ったのですが、母親のさりげない一言から、自分の家の外に住んでいるホームレスたちに欠けている「風呂に入る」という生活を作ってあげたくて、これまでのテンションとは違い必死に風呂の道具を集め始める姿、このわずかなシーンで住田の奥底にある人情深さが伝わってきました。僕はこの映画で一番好きなシーンです。茶沢を演じた二階堂ふみの変人っぷりも素晴らしく、豪快なパンチラから、両親の叫びをかき消すようにビラ配りしていたときのセリフを徐々にテンションを上げ叫ぶ姿は「愛のむきだし」の満島ひかりさんや「恋の罪」の神楽坂恵さんを想像させる。園演出にバッチリ答えたって感じですね。

この2人も素晴らしかったのですが、やはり渡辺哲さんでしょう。「冷たい熱帯魚」がでんでんさんなら、「ヒミズ」は渡辺さんといった感じ。おそらく漫画では中学3年生である住田の友人・夜野と、ホームレス塚本を足した人物なのですが、住田のことを心から慕っていて、ある行動を起こして住田から一方的に縁を切られちゃうんですけれど、それでもそこで出る一言が「ありがとう!」とか、一番感情移入してしまった登場人物です。今回R指定に値する描写が排除された分、コメディ要素が随所に盛り込まれてるんですけれど、もちろん住田と茶沢の会話も面白かったんですけれど、特に夜野にはいっぱい笑わせてもらいました。住田が思い切り顔を殴られたあとの「前歯折れたか!?前歯は高いよ!」とか、テル彦の計画に参加したその日にすぐ実行ってところでの「えっ!?今行くの!?」とか、「冷たい熱帯魚」の「ちょっと痛い!」みたいなセリフが随所に並んでいた感じですね。これはもちろん脚本の選ぶフレーズも良かったのでしょうけれど、渡辺哲さんのコミカルな振る舞いが、笑えた要因の7,8割を占めていると思います。

個人的に評価をしたいのは漫画とは真逆といわれているラストシーン、「冷たい熱帯魚」や「恋の罪」のように面白かったけれど腑に落ちなかった“死”での解決および浄化というシナリオになっていなかったこと。どんなにとんでもない犯罪やったって、どんなに他人を欺くようなことをやったって、死んでしまえば全部おしまいという収束を今回はしていなかったので、かなり好印象です。「やっぱり人を殺すことは犯罪でいけないことであって、その罪はやはり生きてでも償わなきゃいけないんだ」という終わり方をしているというのは凄い良かったです。昨年の僕の映画ランキング1位に輝いた「マイ・バック・ページ」でも似たようなシーンがあって、一連の騒動が終わったあとの「よくわからないけれど、好きじゃない」というモデルの倉田の一言とか、「こち亀THE MOVIE」で夏八木勲さんが捕まった犯人に告げる一言も似たような感じで好きなシーンなんですけれど、やっぱり犯罪は事情はどうあれ悪なんですよ。園監督作品っぽくないって考える人も多いと思いますが、僕は文句なしです。

園作品の目印ともなりつつあるロウソクの火も、今回は怪しげに闇を照らす光ではなく、地の底から掘り起こしてやっと見えた一筋の光のように暖かく見えましたね。住田という人物は、「普通の生活」以外を訴える人の話は一切受け入れないで、自分の言葉のみを信じている人間なんですけれど、でんでんさん演じる金子が住田に伝えた助言と、その前に住田が金子たちに叫んだ一言を茶沢が結びつけるんですよ。そして、そのあと茶沢が夢見る「普通の生活」を思いながら、笑って涙を流す住田の姿は文句なし良かったです。ラストシーンのあとスタッフロールを2列にして時間的に短縮するのも故意なのかはわかりませんがよかったと思います。ラストシーンのあと、すぐにスタッフロールが終わってホール全体が明るくなって結構なお客さんがいたんですけれど、あんなに沈黙した会場は久しぶりでしたね。

この映画を語るうえでは不適切な感想かもしれませんけれど、今までの自分の人生とかに不条理に思っていたこととかもあるんですけれど、「今の自分の生活って恵まれているほうなのかもしれないな」と感じました。

残念だなぁと思った部分も正直あります。主演の2名と同じく今回園子温監督作品初出演だった窪塚洋介さんと鈴木杏さんの2人の扱いかた。窪塚さんはわりと出番多めですし、久しぶりにね「ピンポン」とか「池袋ウエストゲートパーク」のころの己ワールド全快の窪塚さんが観られたのはうれしかったんですけれど、完全に窪塚さんの己ワールドが園子温の世界に溶け込んでなくて、窪塚さんの存在感が勝ってしまっている気がしました。鈴木杏さんに関してはウェイトレスが本当にチョロッと出ただけで、これで園監督作品初挑戦!みたいな扱いにしちゃうのっていかがなものかな?著名な俳優がチョロっとカメオ的な扱いで悪い意味での三谷幸喜化しちゃってるという印象ですし、そう考えると吉高由里子さんとかAAAの西島隆弘さんの扱いも“無駄づかい”っていう印象を受けてしまいました。鈴木杏さんに関してはウェイトレスよりもその次のシーンに出てくるゴミ袋を持ってアパートから出てくる女性をやらせらばよかったんじゃないでしょうかね?鈴木杏さん最近体張った演技されてますからね。あと、“呪いの石”はちょっと飲み込みずらかったです。

とはいえ、やはり園監督作品は面白いな!って今回も実感させていただきましたし、「冷たい熱帯魚」とか「恋の罪」はいわゆるえげつない描写もあることもあって、万人に勧めづらいんですけれど、この作品はしっかり勧めることができます!この作品、土浦・つくば・常総などで撮影されているので、今度ロケ地めぐりでもしようと思います!ぜひ、ご覧になってください!そしてMOVIXつくば、シネプレックスつくば、シネマサンシャイン土浦に公開を訴え続けます!