映画「はやぶさ 遥かなる帰還」評


【作品紹介】
2010年6月世界初の地球重力圏外のサンプルリターンに成功した日本の小惑星探査機「はやぶさ」と、そのプロジェクトに参加した人々を中心に描く。原作はノンフィクション作家の山根一眞の『小惑星探査機はやぶさの大冒険』。監督は『星守る犬』の瀧本智行。脚本は『太平洋の奇跡』や『沈まぬ太陽』を手掛けた西岡琢也渡辺謙が主演の山口駿一郎を演じながらプロジェクト・マネージャーを担当。江口洋介吉岡秀隆夏川結衣山崎努藤竜也らが脇を固める。
【予告動画】

三部作と称されるほど、同じ題材で監督・キャストの違う映画が公開される「はやぶさ」シリーズ。昨年公開された堤幸彦監督・竹内結子主演の「はやぶさ」(以下:堤版)と来年3月に公開される藤原竜也主演の「おかえり、はやぶさ」(以下:おかえり)、そして本作の渡辺謙主演の「はやぶさ 遥かなる帰還」(以下:本作)。この3本をキャスティングや予告映像を観た段階で、最も期待していたのが本作でした。といっても、本作の予告が流れはじめた段階では堤版は公開済みで、僕の昨年のランキング87位(ワースト5位)に位置するほど愕然となった作品なので、そのせいもあるかもしれませんが、やはり渡辺謙が出るというだけで、凄い引き締まる画になるというか、予告だけ見させられて一番見たいはやぶさは?と言われたら、これを選ぶくらいの雰囲気だったということと、同時期におかえりの予告もやっていたんですが、最初に流れた予告はともかく、新たに公開された予告の映像に「MISSION:○○を○○○せよ!」とかいう字幕が出た時点で期待値が下がってしまいました。なので、はやぶさ3部作のなかでは一番面白いかもしれないぞというスタンスで観に行かせていただきました。
その予想は大よそ当たっていました。堤版に比べると遥かに良い作品だったと思います。おかえりがまだ公開されていないので早合点するのはよくないと思いますが、確実にいえるのは堤版と本作を3部作として同じ土台に乗せては失礼だと思える作品でした。
まず、登場人物がごく自然な人たちであったこと。堤版は主演の竹内結子さんをはじめ、はやぶさに関わる人物や応援している一般人のほとんどが理系ヲタクって感じの人たちで、堤幸彦監督の「宇宙好きな人たちってこういう人たちなんでしょ?」みたいな悪意しか感じられないキャラクター演出に辟易していたんですが、今回はどこにでもいそうな人たちで構成されていて、それだけで堤版に比べれば50点増しです。役回りもはっきり分かるように示されていて、どの人がどれに詳しいのか、なぜこのプロジェクトのメンバーなのかというのも、分かりやすかったと思います。堤版の主人公は何の役にも立ってない、ただ自分の論文に没頭していただけでしたからね。そして、両作品とも2時間超えした作品ですが、堤版で感じた退屈な感じが本作ではほぼありませんでした。2時間を本作を観るために使ってよかったと思いました。
本作と堤版との大きな違いは、堤版では打ち上げまでの制作過程も含まれていましたが、本作は打ち上げから始まります。その過程で新聞記者である夏川結衣さん演じる井上の取材を通して、はやぶさのしくみを映画を観ている我々に教えてくれる、くわえて井上は異動仕立てで、仕事に対する意欲はあるけれど、はやぶさに関する知識や情報は調べなければわからない、映画を観ている我々と同じ立場の人を1人おくことで、物語にすごい入りやすかったと思います。
さらに両作品そしておかえりでもの描かれるであろう、劇中で起こる共通の問題が3つあって、「サンプルリターン」「はやぶさ失踪」「イオンエンジントラブル」なんですが、堤版では打ち上げの前を2時間の作品に詰め込んでしまったので、それらの問題がおこってから解決までの時間がかからないので、あっという間に感じたんですけれど、本作では3つの問題に多くの時間をかけて、さらに問題中に小さな話題を挟んでいくことで時間的にも長く感じさせる手法がとられていたと思います。
時間軸といえば、日付を大きく、ゆっくりと1文字1文字ジワジワ出すことで、時間の経過を知らせてくれる演出も悪くなかったと思います。もちろん文字だけじゃなくて、季節の変わり目も極端では夏は暑く、冬は雪を降らせる演出は季節感と月日の経過を感じさせるものでしたし、松本さんという女性が主要登場人物の一人としているのですが、彼女が物語中で成長していくことで、文字情報だけでなくヴィジュアル的にも時間の経過を感じることが出来ました。松本さんだけでなく、登場人物一人ひとりの描き方も良かったです。特に江口洋介さん演じる藤中と吉岡秀隆さん演じる森内のやりとりは、専門的な会話だけでなくて、互いの家のことまで打ち明ける者同士であることで、この2名に対して親近感が湧きました。
宇宙でのはやぶさの様子を描いているのは3作ともおそらく共通することだと思うのですが、本作でははやぶさの内部にぐ〜っと近づいて、中でどんな異常が起きているのか、どういう構造なのかというのをわりとわかりやすく説明していたとも思えます。堤版はただ宇宙空間さまよっているだけの画がほとんどでしたからね。しかも、そこに擬人化したアフレコまで入れちゃって、観てるこっちが恥ずかしくなっちゃいましたからね。
というわけでこれらのことから、おかえりがどういう作品になるかわかりませんが、現時点でははやぶさ3部作のなかでは一番良い作品となっています。
しかし、これは「はやぶさ」3部作のなかでの話で今年公開された映画のなかで、と問われると「う〜ん・・・」と思ってしまいました。褒めるところばかりではないのです。まず、オーストラリアの野生動物が暮らす地帯にはやぶさがカプセルを落とすから、それを探しにいく役割として藤中やカプセルの開発者である鎌田(小澤征悦さん)が指名されて向かいます。しかし、そこに井上(夏川さん)もなぜかいて、燃え尽きるはやぶさを観て感動して泣いて、それを電話で父親(山崎努さん)報告するのですが、その人物から感動を伝えられても共感しづらいんですよね。むしろ「この人は、どの立場でそこにいるの?」とか考えてしまって。はやぶさ制作スタッフでもない一新聞記者が感動して泣くところを見させられても・・・。思い入れは認めますけれど、結局は部外者なわけですからね、この人物は。
あと打ち上げの冒頭でNASAの人間である、ドクター・クラークという人間が出てきて、はやぶさに対して、ある喩えをするんですが、それを渡辺謙演じる山口先生が、あることが起きたときにその喩えを返すんです。たしかに、相手が言ったことを返すという表現は悪くないのですが、映画を観ている我々からすれば、約1時間前に出たセリフだから印象強く残ってるんですが、ストーリー上では幾年も前にサラッと言ったひとことに過ぎないので、確かに山口先生には心に響いたひとことかもしれないですが、お互いの頭に焼きつくほどの言葉か?という疑問も残りました。また、序盤でも描かれるように、国内にいる父親の危篤なら1分1秒急いで出なければいけない理由はわかりますが、日本からはやぶさの位置がわかったという連絡を受けて、急いでアメリカから帰るようなことあるかなぁとも思いました。十数時間かかるし、便の数も限られてますからね。プレゼンすっぽかしてまで急いで帰るほどのことには見えませんでした。あと、登場人物も個性的で悪くはないのですが、モロ師岡さんのお手玉や、ピエール瀧さんの貧乏ゆすりなど、アイテムをちょいちょい出すのは、個人的には好きになれません。モロ師岡さんやピエール瀧さんはヴィジュアル的にも物凄い目立つ人だと思うので、それで充分なのに、そこにああいうアイテムを加えられると「はい。忘れないでくださいね。この人がさっきのあの人ですよ〜。」と観ている我々がバカにされているような気がして、すごい不愉快というのが正直なきもちです。そういった意味では先ほど褒めましてけれど松本さんも同様です。成長する姿を見せるのはいいですが、松本さんが次の新人に指摘するときの姿ややりとりなのが松本さんが新人だったころとまったく一緒で、「はい、髪型変わってますけれど、この人、さっきのあの人ですよ〜。成長したんですよ〜。」というのを訴えられているようにも見えました。
そして、今回のはやぶさ3部作で共通しているのは、はやぶさに起こっている状態というのを如実に描きすぎだということ。実際のはやぶさの動きなんてのは関係者だって想定できないことですからね。なので、もし次に誰かがはやぶさをテーマにして映画を作るなら、宇宙にいるはやぶさの状態を一切描かないで人間たちのやりとりだけで描いてほしいなと思います。